2014年11月21日

「有田への憧憬」展、ごあいさつ

有田の秋の陶磁器まつり、最初の二日間は平日のためお客さんも少ないので、お店に入っていただいた方々とゆっくりお話ができます。
でも今年は、いつもの銀河釉のお店とミニ企画展「有田への憧憬」を開催しているお店といったり、きたりしてるので、運動量がふえました。
この企画展、玉峰窯の初めての試みですが、観光客のお客様だけでなく、地元、有田の人たちにも見ていただいて、喜んでいただいているので、とても嬉しくなります。

いつもの静かな有田の町が活気づき、有田の人たちも元気づいてくれますように!
そして、有田へ足を運んでいただいた方々が,ひとりでも多く、有田の陶業のファンになっていただけますように!

ごあいさつ
 ひんやりとした空気と秋の色に彩られた有田の町。この町の歴史は、日本や世界の陶磁史に大きく関わりを持つ、陶磁器産業の歴史でもあります。
 江戸時代の初めごろ、泉山に良質な磁器原料の陶石が発見され、日本の磁器産業の幕が開きました。この豊富な陶石の発見によって、有田皿山は、日本における最大の磁器生産地となり、国内ばかりでなく、海外にも輸出され、ヨーロッパの磁器生産にも大きな影響を与えました。かつて、有田の磁器は、多くの人たちを魅了した憧れの焼き物だったのです。
 そして、そこには陶業を支えてきた多くの人たちの知恵と努力、海を渡っていく夢と剛胆さ、がありました。明治十四年、家伝の秘宝にあぐらをかきがちな風潮の中で、窯業技術の普遍化を目指して開校された「勉脩学舎」は、日本で最初の陶磁器工芸学校です。これは、時代を先取りした日本の実践教育の草分け的存在です。また、明治九年のフィラデルフィア万博出品を目指して設立された「香蘭社」は、日本における最初の会社組織でした。
 このような進取の気性が、多くの名工を育て、彼らの技の結晶が「有田焼」として、商人たちの足と才覚により、国内外へ広まっていきました。
 伝統によりかかりがちな有田の安易さを脱し、有田焼固有の美を追求しつづけるために設立された「勉脩学舎」の建学の精神の高さは、今の私たちへ大きな示唆を与えます。
 ここにある古写真や道具、製品は、長い有田の陶業の歴史から見れば、その時代を伝えるほんの一こまですが、有田が守り、伝えてきた陶業の歴史を感じ取っていただけたら幸いです。

本展「有田への憧憬」開催にあたって、有田町歴史民族資料館、
竹重家より資料をお借りし、多大なご協力を賜りましたこと、厚くお礼申し上げます。

主催者 玉峰窯

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